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湘南平塚七夕祭り


湘南エリアで活動する『湘南藤沢不動産情報館』です。本日は「湘南ひらつか七夕祭り」についてご説明します


7月5日から7月7日までの三日間 第69回湘南ひらつか七夕祭りが開催されました!

七夕まつりは、中国の牽牛織女の伝説に基づいて始まり、日本へは星まつりとして伝えられました。はじめ宮廷貴族を中心とする都の生活のうちに受け継がれ、書道の上達や恋愛の成就を祈る風習となりました。江戸幕府はこれを年中行事に取り上げ武家の風習となり、しだいに庶民へも普及するに至り、各地域によって特色のある七夕まつりとして今日に至りました。
平塚の七夕まつりは、戦後商業振興策として始められたもので、活発な商業力に裏づけられた日本一といわれる七夕飾りの豪華さに特色があります。中心街には約500本、特にメーン会場である「湘南スターモール」は絢爛豪華な飾りが通りを埋め尽くします。中には、10mを超える大型飾りもあり、活躍中のスポーツ選手や人気の動物、キャラクターなどの流行り取り入れた飾りも大きな特徴です。期間中は七夕飾りのコンクールをはじめ、パレード等各種催物がくりひろげられ日本を代表する夏の風物詩として発展してきています。さらに、セレクションで選ばれた湘南ひらつか織り姫が七夕まつり期間中、パレードや市中訪問など様々な行事でまつりを一層盛り上げています。

あゆみ History

平塚は海軍火薬廠があったことから昭和20年7月の大空襲で壊滅的打撃を受け、中心市街地の約70%が焼け野原と化してしまいました。しかし復興は早く、「戦災復興五ヶ年計画」も一段落した昭和25年7月『復興まつり』が開催されました。そして、ちょうどこの時期が近隣農家の野上りの時期とも重なり非常に多くの人出を見ました。そこで、平塚商工会議所、平塚市商店街連合会が中心となって昭和26年7月に仙台の七夕まつりを範とし、平塚商人のたくましい心意気を吹き込んだ第1回七夕まつりを行いました。昭和27年と昭和28年には「平塚七夕音頭」「紅谷町音頭」「平塚恋しや」が発表され七夕まつりに色を添えました。そして、昭和32年の第7回七夕まつりからは、平塚市の主催となり、諸産業発展を願い、また平塚を広く全国に紹介する場として重要な役割を果たしており、今日では、日本を代表する七夕まつりに成長しています。